能をみにいったハナシ
こんばんは。
今日は、記憶がまだ新しいうちに、こないだ観に行った人生初の能と狂言について
書きたいと思います。
つらつら、小難しいようなこともあるかもしれません。
…うーんやっぱりやめよかな。しんどいな。
まぁとにかく、思ったよりずっと見やすくて、行ってよかったぁという感じです。
きっかけは、大学の一般教養の授業でした。
私は日本文学を勉強してるので「謡曲」(能の台本みたいなもの)に触れることは多かったのですが、それがどんな形で実際に演じられているのかは、正直余り興味がなかったです。
なんか辛気臭いな~というイメージで。
でも、その授業で先生が
「能の主人公はだいたい死んでる、幽霊です」
とか、
「なにか恨みとか、思い残すことがあってそれを伝えようとしている」
とか言ってたのが妙に心に残りまして。
主に、能の演じ手に向けた指南書のような感じなんですが、
これがもう、私の悩みに答えてくれるような内容で、能を見れば何か変わるんじゃなかろうかと思ってしまい、
行くしかない!となったわけです。
演目
私がちゃんと見た演目は以下の通り。
能 『弱法師』(よろぼうし)『烏帽子折』(えぼしおり)
狂言 『二九一八』(にくじゅうはち)
ほんとは『源氏供養』という、源氏物語をかいた罪(フィクションはダメという仏教の考えによる)で地獄に落ちた紫式部を供養する話が見たかったんですけど、
というか見たんですけど、
途中あまりにも舞の場面が長すぎて、すやぁしてしまいました。
ま、それだけ心地よい音楽・舞だったということで。
会場の雰囲気
それにしても混んでました~。
近くのマダムたちも、珍しいほど混んでるって話してました。
というか、能楽堂にいる人たち、私が見る限り本当にいい人ばっかりでした。
なんか勝手なイメージで、お高くとまった人も中にはいるのかしらとか思ってたんですが、全くでした。
お昼休憩の時も、すごく混んでるのに譲り合いがいろんなところで起きてましたし。
あとは、雑談をつい盗み聞きしちゃったんですが、
仲のよさそうなおばあさん同士が源氏物語について熱く語り合っていらっしゃって、
わたしもこういう老後を送りたいなーと思いました。
『弱法師』について
ついつい、長くなってしまってすみません。
でも演能そのものについては、見方は人それぞれですし、私の個人的感想と、あらすじだけ、残しておきます。
長くなりそうなので「弱法師」についてだけにしますね。
もう十分長いけど。
弱法師 ーwikipediaより
俊徳丸は、人の讒言を信じた父・通俊により家から追放されてしまう。 彼は悲しみのあまり盲目となってしまい、乞食坊主として暮らす事を余儀なくされる。 盲目故のよろよろとした姿から、周囲からは弱法師と呼ばれていた。
陰暦2月彼岸の中日、真西に沈む夕日を拝む為、俊徳丸は四天王寺を訪れた。 天王寺の西門は極楽浄土の東門と向かいあっていると信じられていたので、落日を拝む(日想観(じっそうかん))事で極楽浄土に行けると信じられていたのだ。 この日の四天王寺は日想観を行う人で賑わっていた。
そこに俊徳丸の父、通俊が現れる。 通俊は俊徳丸を追い出した事を後に悔いるようになり、四天王寺で貧しいものに施しをすることで罪滅ぼしをしようとしていたのだ。 俊徳丸に気付いた通俊だったが、乞食になり果てたわが子に話しかけるのをはばかり、日が暮れて人目が無くなるのを待つ事にする。
俊徳丸が日想観を行うと、祈りが通じたのか、これまで見えなかった目が見えるようになる。 気分が高揚した俊徳丸は、あちらこちらへと歩きまわり、周囲の景色を見てまわる。 しかし、行き交う人々にぶつかってよろけ、現実に引き戻される。 目が見えたと思ったのは、ただの錯覚だったのだ。 そんな俊徳丸を見て周囲の人々は嘲笑う。 彼は二度とうかれまいと暗々たる気持ちになる。
日が暮れ、一人たたずむ彼に父の通俊が話しかける。 話しかけられた俊徳丸は、乞食の我が身を恥じ、よろよろとしながら、あらぬ方へと逃げてゆく。 通俊はそれに追い付き、彼を家へと連れて帰るのだった。
超個人的感想
あーーちゃんと文章書いてつかれたーーー
ということでここからはテキトーに書く。
この能、途中までほんとに悲しい。
讒言信じて息子捨てるとか最低野郎や。
でも、やっぱり人の心って変わらんのやろなぁ。
今でこそ盲目の人を笑ったりなんて、まともなオトナはしないけど。
理解できない、って思ってしまうのは、やっぱり頭で理解しようとしてるからなんでしょうね。
私は俊徳丸ボーイが好き。
梅の散った花びらが袖にあたって、仏の施しを感じて喜ぶ、なんて
本当に心が清らかな人
舞台の上で一瞬本当に梅の花びらが見えた気がしたし、表情が変わるはずのない能面が本当に笑ってるように見えた気がした。
そういう体験が出来た。
また行こっと!
おまけ